あんちゃんのペース☆

あんちゃんがおうちに帰ってきたのは生まれてちょうど二か月たったころでした。

ずっとNICUにいたので、シュミレーションをしようということになって、小児科病棟にママと一泊、パパと一泊してそれから退院しました。

私と一泊したのはなんと私の誕生日!
パパが看護師さんに言ってたみたいで、あんちゃんとプレゼントを用意して待っててくれました。



退院した日は日曜日やったけど、あんちゃんの主治医の先生二人、受け持ち看護師さん、私をずっと診察してくれた産婦人科のドクター、みんなが来てくれて、記念写真を撮って色紙までいただきました。
もう旦那と二人で号泣(笑)

あんちゃんを二か月も育ててもらって、あんちゃんに癒されるって言ってもらって、ほんとにあの辛い日々の支えになってくださった看護師さんたちには頭が上がりません。



あんちゃんと初めて対面するはっくん。
やっと家族が揃ってうれしかったなー。


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あんちゃんの脳へのダメージがどの程度かわかって、吸啜できないのもなんでかわかったので、じゃあおうちに帰る準備をしていきましょう。という入院二ヶ月目に入りました。

あんちゃんに必要なのは経管栄養と吸引。
幸い私はナースだったので、そんなに抵抗なく準備を進めていくことができました。
パパも医療従事者なので、積極的に練習してくれました。
隣に住んでいる父方のばばも元ナースで、今ではデイサービスを経営するバリバリキャリアウーマンなので、ばばは今でもかなりの救世主です。

吸引器を購入したり、リハビリが始まったり、慌ただしく準備が進む中で、私の気持ちは浮いたり沈んだり。
毎日泣いていました。
泣いているイコール障害を受け入れてあげられない自分がすごく嫌でした。
ただただ命が助かったことを喜べない自分がすごくひどい人間だと思っていました。

でもあんちゃんに会ってる時はほんとにかわいいなーと思っていたし、障害が嘘の様な気もするくらいだったし、早く帰ってきてねって思ってました。

ただ自分の働いている病院にあんちゃんは入院していたので毎日面会に行くと顔見知りがゴロゴロいて、それを避けるようにエレベーターに乗る自分や、知り合いに会いたくなくて面会がちょっと億劫な自分もいて、誰にも会わずにNICUに着くとほっとしたりして、またそんな自分に自己嫌悪でした。

今振り返っても出産からの二ヶ月、人生のどん底だったなーって思います。


2人ともこんなに可愛いのに!!


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頭のMRを撮った日。
その次の日に脳波も撮りました。

二つとも結果が出てから両親に話があるんだろうと思ってたら、先にMRの結果説明してもらいましょか、ご両親も気にされてるでしょうし。と。
その時点で嫌な予感はしてましたが、結果は想像をはるかに超えたものでした。

結果説明の日は土曜日。
午前中ははっくんの運動会。
切迫早産で入院になってから急遽入った保育園での初めての運動会。
頑張って練習したはっくんの姿にうるうるし、来年はあんちゃんも出られたらいいなと旦那と話しながらまたうるうる。


夜ご飯ははっくん運動会お疲れさん会で、焼肉をしようと実家の母、私の妹家族、隣に住む旦那の両親とみんな集まってくれている中私たち両親だけが結果説明に向かいました。

PVLはあるかもなー。なんてことを話しながら先生の元に行くと、遥かに想像を超えた結果が知らされました。

出産時の低酸素が強く、PVLどころか脳全体が萎縮している。
今後首がすわったり、お座りしたり、歩いたりはできない。
物事がわかるようにもならない。
リハビリをすれば遅れてでも発達していくというレベルではない。
今後は筋緊張をとる、症状緩和のリハビリをしていく。
行政とも連携してこの子をみていってあげましょう。

という内容でした。

この日のことは一生忘れません。
この日ほどショックで、辛いことってこの先ないよね、って今でも旦那と話します。

あんちゃんの顔を見たらあんちゃんそんなにしんどかったんだね。ごめんね。と涙が止まりませんでした。


焼き肉の準備をして待ってくれている家族に泣きそうになるのをこらえながら報告し、味もわからないまま肉を食べ、必死ではっくんを寝かしつけた後、改めて号泣しました。

はっくん初登場!


産まれてちょうど一ヶ月のあんちゃん☆

気持ちよさそー!!


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産後の私は、貧血がひどくて輸血をしたり、造血剤の点滴をしたりしていましたが、普通の帝王切開の人より一日長く入院しただけで無事退院できました。

後日産婦人科ナースはオペ後ICUにいくと思ってた、と聞きましたが予定通り退院!

搾乳をして、NICUに運ぶ毎日が始まりました。

この頃はまだ出産時の低酸素がどれだけあんちゃんにダメージを与えたのかわかりませんでしたが、いろいろある問題の中、一番問題だったのが吸啜できないことでした。
出産と同時に鼻から胃に管を入れ、そこからミルクを入れていましたが、いつまでたっても口を動かしたり吸ったりする反射が見られませんでした。

38週くらいになったら急にできる子もいると聞いて、毎日「お母さん、急に今日吸い出すようになったんです」って言われないかなと思いながら病院に通いました。

NICUのナースはほんとに優しくて、あんちゃんが吸えるようにマッサージしよう、母乳をひたした綿棒を凍らせてアイスマッサージしてくれたり、嚥下回診といった専門家に相談したりしてくれました。

そして、耳の検査やら目の検査、いろんな検査を行いあんちゃんの状態が徐々にわかりだし、産まれてちょうど一ヶ月で一番気になり、一番結果がこわい頭のMRを撮ることになりました。

脳へのダメージがどれくらいなのか知りたいような知りたくないような。
吸啜ができないんだから何かしらのダメージはあるんだろう。
あんちゃんはこのキレイな青空を見てもキレイだなーって思えないんかなー。
意外に順調に育って歩いたり話したりするあんちゃんや、はっくんと手をつないで歩く姿、また反対に寝たきりで意思疎通もできないあんちゃん、いろんなことを考えその度に泣いて、このMRの結果がいいのかも悪いのかもわからない産まれてから一ヶ月が一番精神的にしんどかった気がします。

NICUであんちゃんに会うとこんなに可愛くて癒されたのに。



アイスマッサージ中!
目がキラキラしてかわい♪(´ε` )
しかし、男の子みたい(笑)
はっくんの小さいときそっくり!!


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あんちゃんと涙の初対面をした次の日、小児科のドクターから詳しく話を聞きました。

今となってはよく覚えていないですが、ここ2~3日が山場、おしっこが出だしたら少し安心できる、Naの補正をした、CPKという体にすごくストレスがかかったとき出る酵素が600くらいある、悪い子は1000いくこともある、これでだいたい仮死のストレスがわかる、みたいな話でした。

その後、あんちゃんは頑張り山場を乗り越え、おしっこも出だし、一週間で挿管がとれて自分で呼吸を頑張るようになりました。

抜管やったー!



鼻から酸素を送る機械に変更。
より痛々しい姿になりました(T_T)




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一夜明けて、私の突然の出来事を知った婦長さんたち(私の上司)が次々に見に来てくれ、無事でよかったなぁ!と涙ぐんでくれました。
それを見てやっと「あたしってすごく危なかったんや」と知りました。

普通の帝王切開ならどんどん離床を、となるところ、私は大出血してたし無理しないで赤ちゃんの面会はベッドごとでも行けるよ、って言ってくれましたがベッドは恥ずかしいと必死で車椅子に乗ってあんちゃんに会いに行きました。

それまで自分がいっぱいいっぱいであんちゃんのことを考える余裕って多分なくて、あんちゃんがどんなふうになってるのか想像もせずに行ったから、一目みて涙が溢れました。
想像以上に小さいと思ったからか、管だらけでかわいそうと思ったからか、助かってよかったって涙か会えて嬉しいのか、何の涙かは今でもよくわかりません。
きっと全部ひっくるめた涙やったんかな。
一生懸命頑張ってる我が子を見て泣けて泣けて仕方なかったです。





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オペ室についたら挿管がどうとか聞こえるし、え!?全身麻酔なの?と思いつつ、実は自分が働いている病院での出産だったのでナースも知ってる人ばっかりで、恥ずかしいなと思ったり。
でもお腹が痛くて痛くて早く麻酔かけてー!って思ってました。

そして、私の知らない間にあんちゃん誕生!!
産まれてすぐ泣かなくて、挿管されて、心臓マッサージされながらNICUに運ばれたんだって。

蘇生にかかった時間10分。
アプガー1分後1点。5分後2点。

私のお腹の中で産まれてから剥がれるはずの胎盤が剥がれてしまって、大出血していた。DICになる可能性がかなり高い。子宮の収縮も悪く、このまま収縮せず出血が止まらなければ半々の確率で子宮を取るかもしれない。
中毒症があったわけでもないし、喫煙してたわけでもないし、常位胎盤早期剥離の原因はわからない。
わからないけど起こることがある。
と夜に主治医の先生が来て説明してくれました。

麻酔科の先生も緊急すぎて同意書取れてないからって夜来てくれて、30分で赤ちゃんを出せたのは奇跡だ。自宅にいてたら赤ちゃんは助からなかったと思います。と言ってくれました。

旦那と一緒にその話を聞き、デイルームでずっと待っててくれた家族が帰ってからは傷が痛いし、点滴が三本(輸血用、子宮収縮剤用、DICの治療用)も入ってるし、大出血したから採血も取れず何回も刺されるし、もう地獄の一夜を過ごしました。


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入院して二週間が経った34週。
まだ半分かー。と安静の毎日に嫌気がさしたり、はっくんの心配をしたり、売店に行きたいとわがままを言ったり、いつもと変わらず過ごした午前中。

お見舞いに来てくれた友達が昼ごはん来たから帰るわーと帰っていき、妹が月見バーガーを持ってきてくれるって言うてたから昼ごはんちょっとだけにしとこ!とささっと昼ごはんをすませてベッドに横になった時のことでした。

なんか下っ腹痛い!?
うんこかな??
とトイレに行く。
うんこは出たけど治らない。
やっぱおかしいと思ってナースコール。
この時はもうずっと張りっぱなしって感じ。
じゃ、モニターつけましょうと助産師さんと陣痛室に向かう途中で目の前が真っ白になってきて、なぜか右足がしびれて歩きにくい。
助産師さんが車椅子持ってきましょか?って言ってくれたけど、それを待つのも無理で倒れるようにベッドにたどり着き、モニターをつけたら赤ちゃんの心拍は90台。

緊急コールが押され、ドクターが来て、赤ちゃんしんどいから緊急帝王切開します!と。
勤務中のナース全員いるんじゃない?ってくらい集まってくれて、30分という素晴らしい早さでオペ出ししてくれました。

この時はまだ腰椎麻酔って言われてたし、お腹は痛かったけど、赤ちゃんの心拍が90ってそんな悪いってわかってなくて、ストレッチャーで運ばれる自分が超緊急事態ってわかってなかった。


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しばらくは妊娠中から産まれて、現在に至るまでを振り返って記録に残しておこうと思います。

私がいろんな方のブログを見せていただくようになったのはあんちゃんが産まれて、障害があるってわかった頃でとにかくみんながどんな風に産まれてきたのか、どういう経緯で障害がわかったのか、あんちゃんと同じ時期の様子が知りたかったので障害があるって言われたばかりのショックな時期を過ごしておられるママの目に止まればいいなー。

あんちゃんを妊娠している間はすごく順調で、仕事もフルタイム、夜勤もバリバリこなしていました。
はっくんの時も多少無理してても大丈夫やったし、2人目やし車の中で産まれたらどうしよーくらいのん気に考えてました。

ところが、妊娠32週に入り切迫早産で入院することになってしまったのです。

明日から産休〜!と浮かれていた日の出来事でした。
37週になったら帰れるから最長一ヶ月。
はっくんと一ヶ月も一緒に寝られないなんてー(T_T)とお腹のあんちゃんよりはっくんの心配ばかりしていました。


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障害を持つ子の母になって半年、この半年間いろんな方のブログを拝見して、情報をもらって、勇気付けられて、私もだんだん書いてみようかなぁなんて気になりました。

もともと日記を書いたりするの好きやし、旦那にも記録に残るしやれば?と言われていたりして。

自分の体験を綴ることで誰かのお役に立てたらもちろん光栄ですが、まだ障害児の母半年のペーペーなので。
一緒に頑張っているママ仲間ができたらいいなぁ、と思います!!

では家族の紹介。
パパ☆医療従事者
ママ☆ナース
はっくん☆二歳半のやんちゃ坊主
あんちゃん☆もうすぐ6ヶ月になる女の子。

あんちゃんは常位胎盤早期剥離のため重症新生児仮死で誕生。
低酸素性虚血性脳症で、脳症麻痺と診断されました。
5ヶ月のときにはてんかんを合併し、ウエスト症候群と診断もされて、ただ今治療の真っ最中です!

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